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アインシュタインをこえるワインシュタインの14次元理論騒動

アインシュタインをこえるワインシュタインの14次元理論騒動

始まり


2013年5月23日、英国の一流紙であるガーディアンに画期的なニュースが流れた。現代の基礎物理学の根本問題を解決する大理論をワインシュタイン(Eric Winstein)という人が提案したというのである。このアインシュタイン(Einstein)ならぬワインシュタインは大学や研究所に勤めるプロの学者ではなく、ヘッジファンドにつとめる金融コンサルタントだと言う。それだけ聞けば、なにやらうさんさい疑似科学者を想像するが、ワインシュタインはハーバード大学で数理物理学の博士号を取った人で、その後、ポスドクをしていたが、後にはアカデミックな生活に見切りを付けて、別の世界に飛び込んだ。しかし宇宙の究極理論への夢は捨てきれずに、20年も研究していたという。


ワインシュタインの14次元統一理論


現代物理学の根本問題とは

1 この宇宙には原子のような物質は5%以下しか無く、25%はダークマター、70%はダークエネルギーである。しかしダークマターもダークエネルギーもその存在は分かっているが、正体は分かっていない。

2 素粒子の標準模型では3世代の階層があるというがなぜか。

3 20世紀の2大物理理論である量子論と一般相対性理論は融合できていない。


これらの難問を解決するためにワインシュタインは統一理論を思いついた。どんな理論かを簡単に説明すれば、14次元の「観測宇宙(Observerse)」を考え、我々の4次元空間はそこに埋め込まれていると考える。彼の理論によればダークエネルギーは、重力、電磁気力、強い力、弱い力につぐ第5の力であり、時間的に変化する。ダークマターは見えないものではない。ただ、この世界は右手系世界と左手系世界に別れるが、それらは隔たっているので、ダークマターは重力でしか観測できないのだ。彼の理論が正しいとすると150個もの素粒子の存在が予言できる。それらは電荷が2とか、スピンが3/2とか、通常の素粒子とは異なる風変わりなものである。


統一理論として世間でもてはやされてきたものに超弦理論があるが、実はうまく行っていない。素粒子論学者は量子論と相対論の融合に関して、相対論の量子化を試みるのだが、ワインシュタインはすべてを幾何学的に考える。つまりアインシュタインの精神そのものである。アインシュタインは晩年、統一場理論の研究に専念したが成功しなかった。ワインシュタインはそれをしようというのだ。


ワインシュタイン理論を巡る騒動


さてニュースになったのは、そのワインシュタインがオックスフォード大学で、彼のアイデアを始めて公開するセミナーを行ったことだ。そのセミナーをアレンジしたのは、オックスフォード大学の著名な数学者であるソートイ教授(Marcus du Sautoy)である。ソートイ教授はかのリチャード・ドーキンスが前任者であるシモニー科学広報教授職をつとめている(Simonyi professor of the public understanding of science)。実はソートイ教授とワインシュタインはヘブライ大学でともにポスドクをつとめたことがあるのだ。2年前にソートイ教授はワインシュタインのアイデアを聞いて感銘して、このアイデアを世に問うべきだとワインシュタインを説得した。それでこのセミナーに至ったのだ。


それだけなら、あまり世間の話題にもならないだろうが、ソートイ教授がガーディアンにワインシュタイン理論をプロモートする記事を書き、また記者も同様な記事を書いた。それに対して、雑誌Sceintific Americanの電子版でブロガーが、また雑誌New Scientistの意見記事で宇宙論学者のポンツェン(Andrew Pontzen)が噛み付いたのだ。そもそもワインシュタインの理論は論文にすらなっていない、だからプロの学者が検証しようも無い。またセミナーをすると新聞に書きながら、プロの物理学者を招待していない。こっそりとセミナーをして、プロの物理学者の反論を封じるという手ただというのだ。


実はそれは彼らの誤解で、ソートイ教授はセミナー開催のメールをまわし、ポスターも作ったのだが、手違いで物理教室のメンバーには伝わらなかった。同じ時間に別のセミナーがあり、物理学者はそれに参加していたというのだ。そのことが分かりポンツェンとNew Scientistは謝罪文を書いている。結局、二度目のセミナーが開かれ、今度は物理学者も参加した。反応は様々である。


科学の方法論に関する議論


一番の問題は、そもそもワインシュタイン理論の論文が出ていないので、検証しようがないというものだ。それにたいしてソートイ教授は、まずはセミナーを開いて、みんなの意見を聞いて、それを取り入れて論文にすべきだという。セミナーを開くのに、印刷された論文は必要ないという。


次の問題はソートイ教授が、科学は象牙の塔にこもったプロの学者だけではなく、外部の意見も聞くべきだと新聞で主張したことに、学者がカチンと来たことだ。そんなことを書かれると、プロの学者は石頭だと誤解されそうだという。


私は実はこの意見には賛成でもあり、反対でもある。というのも長年、アマの考えた「統一理論」に悩まされてきたからだ。私の言う「科学的疑似科学」である。これに関しては、後述する。


またソートイ教授が言うには、インターネットが普及した現在では、情報は誰の手にも入るので、誰でも研究できるという。私が思うに、これはその通りで、今までは大学の研究室や図書館に行かなければ文献が手に入らなかったのだが、私のように定年退職した名誉教授でも、かなりの文献は簡単に手に入る。もっとも一部の論文はまだ、大学に所属していないとアクセスできないが。また実験データや宇宙の観測データもネットで公開される時代になってきた。コンピュータに関しても、個人の所有するPCが非常に強力になってきた。スパコンを必要とする大計算でなければ、PCで十分である。また少し金を出せば、アマゾンで計算時間を買うことが出来る。このようにアマでもプロ並みの研究が出来る環境がそろってきた。


また正統科学のやり方では、学者は論文を書いて、いわゆる権威ある雑誌に投稿する。雑誌は査読者にそれをまわし、OKとなれば印刷にまわされる。しかしこの方法だと、投稿してから出版までに何ヶ月もかかる。現在のネット時代のスピードには合わない。そこで物理科学ではプリプリント・サイトというものがあり、査読に通る前の論文をそこに載せることが出来る。ただし、疑似科学論文がそこに載ることを防ぐために、投稿者は大学か研究所に属していることを示すメール・アドレスでなければならない。すると私のような退職教員は困ることになる。しかし個人のホームページに論文を載せることには、何の支障もないので、権威付けを除けば、発表自体には困らない。


思えば昔は新聞などのマス・メディアがニュースや意見の発表権を独占していた。しかしいまやネット時代になり、その独占も破れてしまった。あとは権威付けだけの問題だ。科学の世界にも同じ問題が生じつつある。


西欧でも疑似科学の跋扈


ワインシュタイン理論を巡るニュースを検索して行くうちに、ワインシュタインとその理論、ソートイを激しく攻撃する「物理学における最近のインチキ:エリック・ワインシュタイン」("The Latest Hoax in Physics: Eric Winstein")なる文章にて出くわした。著者はマチス(Miles Mathis)という男性である。その文章自体は、攻撃性は別とすれば、特に問題はない。


しかしその著者のサイトを見てびっくりした。そこで彼の本が見られるのだが、既成の物理学を徹底的に攻撃している。私の言う「オレオレ理論」を提唱している。さらに本まで出している。アマゾンの書評を見ると、その評価は星が5つと星が1-2の両極端に別れている。星5つの評価は始めの方に集中しているので、多分、著者自身が変名で書いたのだろう。


さらにネットを探ると、マチスはネット界最悪の疑似科学者であるというサイトに出会った。マチスはなんと円周率は3.14ではなく、4であると主張しているというのだ。


実は先のNew Scientistのコメント欄を見ると、まともな意見に混じって、自分のオレオレ理論をプロモートする人もいた。西欧にも日本同様にこの手の人が多いのだなあと実感した次第である。


筆者のブログ記事も参照のこと。

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